学びって、
どこがゴールなんだろう。
覚えて書くところ…
読めて話せるところ…
テストで点数とるところ…
どれも大事かもしれない。
でも、学びのゴールは主体的であってほしい。
大人が計測できるような、
50メートル先のゴールじゃつまらない。
例えば、
シュタイナー低学年レッスン。
「日」と「月」の漢字。
単純な漢字の学びじゃない。
先生が語る物語、
子どもたちが描く絵から溢れるのは、
あたたかさ
つめたさ
ふたつでひとつ
どれもこれも、テストでは測れない。
子どもの心に沈みこんで、
その子だけのものになって、
いつか、ぽこっと出てくる。
明け方の星のように。
それは大人の手から離れた、
主体的な学びのゴール。
大人には目視できない、
小さな子どものかがり火。
生き生きとした、
子どもを自由にする学びがあるとすれば、
こんな姿なのかもしれません。