「電気がきてから、妖怪がいなくなった」
ゲゲゲの鬼太郎の水木しげるさんが言っていました。
そのインタビューを読んだのはもうずいぶん昔のことですが、「わかるなぁ」と今でも思います。
電灯がつくと、暗いはずの夜が昼間のように明るくなります。
それも部屋の隅々まで。
すると何が起きるか。
僕はこんなふうに考えます。
「人の想像力が衰える」
見てわかってしまう、見えてしまう。
すると、暗がりに目を凝らしたり、
闇の奥を覗き込んだり、
目に見えないものから想像する機会が減っていきます。
結果的に想像力が衰え、妖怪がいなくなるというわけです。
妖怪とは、自然に対する畏怖と見えないものを見ようとする想像力の産物なのかもしれません。
(暗いはずの夜を文明の力で明るくすることができれば、自然に対する畏怖の念も目減りしますよね)
でも、想像力は妖怪を生み出すためだけにあるのではない。
(それはそれで素敵な使い方ですが 笑)
昔の人たちは、想像力によって妖怪を生み出したかもしれない。
そして、現代では同じ想像力が妖怪ではなくiPhoneを生み出しました。
想像力は、まだ誰も見たことがないものを生み出すことができます。
自分が知らないものを考え出すことができます。
これは記憶力や計算にはできないことです。
もちろん、記憶する力や計算する能力も大切。
けれど、そういった物事をはっきりと照らし出す力と同じぐらい見えないものを想像する力も大切。
ダライ・ラマ 14世はこう言っています。
私たちが幸せに生きてゆくためには、目に見える物理的な要素と目に見えない精神的な要素を両立する必要がある。けれど、現代人はどちらか一方に偏りがちだ。
ときには明かりを消して、想像力の光を広げてみましょう。
今まで気がつかなかった子供の表情や個性が見えてくるかもしれません。