大事にしたいことがある。
読み聞かせや、
思いやりの心、
寝る前のハグ。
それから、
「おはよう」
「ありがとう」
「またね」
「おやすみ」
それでも、
子どもは親心を飛び越えてくる。
肩で風切るように、
おかまいなしに突っ込んでくる。
なんでもいいじゃないんだ。
これは大切なんだよ。
私の生きているこの時間を注いで、
してあげたいことがある。
どうやったら、
伝わるだろう。
目に見えるもの、
触れられる形で伝えます。
例えば、
読み聞かせの時にしか歌わない歌。
寝る前のハグの時だけ灯すろうそく。
私と子どもだけがわかる秘密のサイン。
特別のなにか。
その時だけの約束のような。
それだけで、
子どもはこれは大切だって。
お母さんが大事にしてることだって。
「大事なの」って言っても、
三日たてば忘れる。
だからこそ、手と目と耳で感じる特別さ。
言葉だけだと伝わらないけれど、
子どもの手を取って、
目を見つめて、
穏やかな声で話せば意外と伝わったりする。
それは言葉じゃなくて、
目で見える親の姿が子どもに届いてる。
本質って言葉じゃないところに宿るもの。
大人は知ってる、
この子にもいずれわかる。
大事なんだよって。
手と目と耳で触れる特別が、
この子に種まきしていく。